6月9日、大阪がん循環器病予防センターで行われた大阪府立成人病センターの公開講座へ行ってまいりました。
今回のテーマは「最近の胃がん治療」です。
胃がんの外科治療・内視鏡治療・化学療法について3名の先生方がお話ししてくださいました。
1.【胃がんに対する外科治療の最前線】
成人病センター消化管内科副部長 藤原義之先生
胃がんと診断された時、まずは治療方針を決めるために病期(ステージ)を決定する必要があります。胃がんのTNM分類によって病期が決められます。
T:胃がんの深達度(T1a~T4a)
N:リンパ節転移の有無
M:遠隔転移の有無です。
T因子がT1の場合は早期胃がん、それ以上は進行胃がんとされます。
外科の適応に関しては、肝臓に転移している場合や腹膜播種がある場合、手術療法は適応外となります。しかし、リンパ節においては比較的病巣に近いとされる第2群リンパ節転移までは、手術療法の適応とされております。手術に抵抗のある方も多いと思いますが、最近では内視鏡の普及と適応拡大、腹腔鏡の普及、そして手術支援ロボットであるダヴィンチの登場により、大きく変化してきています。
腹腔鏡下手術においては、開腹手術と違い小さな傷口で済み、術後の疼痛も少ないことから、早期退院・早期社会復帰が可能となりました。また、執刀医にとっても繊細な操作が可能となることや、手術参加者全員での情報の共有ができることから、より安全に行うことができるようになりました。また、現在は前立腺がん以外の保険適用がまだ認められていない、手術支援ロボット「ダヴィンチ」の導入により、今後腹腔鏡下手術の二次元視野、器具の可動制限という問題点も解決されるだろうと言われています。
現在は、保険収載を目指して、先進医療として胃切除術にも施行されています。外科医の技術向上と、最新の医療技術が導入されることにより、これからのがん切除は、さらに低侵襲で体に負担が少なくなっていくことでしょう。
2.【早期胃がんの内視鏡治療】
成人病センター消化器内科副部長 上堂文也先生
男性が9人に1人、女性は18人に1人胃がんになる時代となりました。しかし、内視鏡による診断が開発されたことにより、早期診断・早期治療が実現し、胃を切らずに治す内視鏡治療が胃がん治療の主流となっています。
-胃がんの内視鏡切除の適応-
・絶対適応
-2cm以下、粘膜がん、分化型、潰瘍なし
・適応拡大病変
1、2cmを超える、粘膜がん、分化型、潰瘍なし
2、3cm以下、粘膜がん、分化型、潰瘍あり
3、2cm以下、粘膜がん、未分化型、潰瘍なし
内視鏡治療には、EMR(ストリップ・バイオプシー法)という胃の粘膜下層に生理食塩水を注入し、挙上してからスネアを隆起の基部にかけ、高周波によって焼灼切除する方法と、ESDという高周波ナイフで病巣の週胃粘膜を切開し、粘膜下層を剥離して切除する方法があります。
EMRについては、切除できる粘膜の大きさが限られており、がんの取り残しの可能性や、詳細な組織評価が困難という問題点があり、一括完全切除率・治癒切除率ともにESDの方が評価が高いとのことでした。様々な内視鏡治療法が登場することにより、より大きながんが内視鏡でも完全に取り切れるようになりました。しかし胃がんでの内視鏡治療では、切除してからの異時性多発胃癌の発生のことも考え、その後の経過観察がとても大切です。
また、近年では腹腔鏡・内視鏡合同手術(LECS)という手術の導入で、腹腔鏡手術と内視鏡治療を同時に行い、最小限の侵襲での腫瘍切除が可能となりました。このLECSの普及によって、今後の胃がんや胃粘膜下腫瘍に対する体に優しい治療法が増えるので、今後の動向に注目していきたいと思います。
3.【胃がんに対する化学療法の進歩】
大阪大学大学院医学系研究科 消化器癌先進化学療法開発学 坂井大介先生
坂井先生のお話しは、胃がんにおける抗がん剤治療についてでした。 胃がんに抗がん剤治療を行う主な目的は下記の通りです。
- CT等では写らない微小転移を叩く
- 手術ができない胃がんや、再発・転移をした胃がんの治療のため
- 再発を防ぐための補助療法として
手術が適応外の胃がんに対しては、抗がん剤治療から開始され、手術適応の場合は、手術もしくは術前の抗がん剤を行います。 その後の病理検査の結果を見て、術後の抗がん剤を実施するかを決定します。手術前に抗がん剤治療を行う事を「術前化学療法」と呼び、これを行うことにより早くから微小転移に対して治療ができ、抗がん剤治療によってがんが小さくなれば、手術で取りやすくなることも期待できます。
ただし、術前化学療法により体力が落ちる等の問題により手術が難しくなるというリスクもあります。術後の化学療法は、ステージ2または3の患者さんが対象で、術後なるべく早期に実施することで微小転移を叩き、再発を防止する目的で行います。 手術適応外や再発の胃がんに対する抗がん剤治療では、基本的に初回はTS-1とシスプラチンという2剤を併用して行われます。 抗がん剤治療に関しては、「副作用が辛いだけで効果がない」「寿命が逆に短くなる」「免疫力が低下する」など様々な不安を抱えている方が多くいらっしゃいます。
確かに、抗がん剤は増殖の早い組織を目がけて攻撃するのでがん細胞だけでなく正常な細胞も攻撃してしまい、脱毛や悪心などの様々な副作用が出てきてしまいます。しかし、抗がん剤治療を行うことにより、良い方向に向かう可能性が高いのであれば、抗がん剤治療が勧められます。ご本人やご家族は、その治療に備えて心身の状態を整えておくことが必要となります。 胃がんについては少しずつ保険が適応とされる抗がん剤や分子標的薬が増えてきています。
特に、今年の春から適応拡大になり、承認されたオキサリプラチン(エルプラット)という抗がん剤は、胃がんの初回治療で使われるシスプラチンの変わりとしても注目されています。 シスプラチンは、腎臓に対する負担が強く、点滴に時間がかかる為に多くの場合に入院が必要です。新たに登場したこのエルプラットは、シスプラチンとの効果に差がないことと、2時間少々という短時間で済むので、今後はエルプラットが主流になるという話で進んできているみたいです。 ただし、現時点では治癒、切除不能進行・再発の胃がんの適応です。
また、今年の6月から分子標的薬であるラムシルマブ(サイラムザ)も登場しました。 分子標的薬とは抗がん剤の一種で、がんに特徴的な分子を標的にして攻撃する薬です。がんは自身に栄養を取り込むために専用の血管を作ることは知られていますが、サイラムザは、この血管新生を抑える薬なのです。対象は第1選択薬に効果を示さなかった治癒、切除不能進行・再発の胃がんの患者さんです。ラムシルマブは日本で、胃がんに対する初の血管新生阻害薬です。
現在の医学では、胃がんに対する抗がん剤治療の目的は「がんが大きくなるのを抑えて、元気に生活できる時間をできる限り長くする」ためと言われています。しかし、抗がん剤が効果を発揮すれば、手術ができるようになることもあります。また、抗がん剤のみで寛解に持ち込んでいる方もいらっしゃいます。
諦めることは決してありません。まずは自分自身の状況をきちんと把握し、病気ときちんと向き合うことから始めることが大切なのです。